子どもの摂食・嚥下障害をご存知だろうか。子どもが病気や障害、精神的な問題のために口から食べたり飲んだりすることをできないか、拒否する状態をいう。高齢者については「胃ろう」がクローズアップされたことでよく取り上げられるようになったが、新生児や乳幼児は原因や状況が異なる上、小児医療分野でもほとんど知られていない。医療機関や行政、教育機関、一般市民の無理解に苦しむ親の苦労は壮絶だ。栄養を摂らないと死んでしまうと思って食べさせようとする親と、頑として拒否する子ども。「こんな食べさせ方は虐待のようだと分かっていたからこそ苦しかった。娘の存在さえも苦しくて、段ボールに入れて捨てたら、すべてがなかったことになるのだろうかとすら考えた」と、孤独のあまり親子心中すら考えたという迫田(さくた)理恵子さん(42、写真)。摂食嚥下障害の子どもを持つ親の会で、苦しい胸中を語った。(熊田梨恵)
摂食・嚥下障害の子どもの親の会「つばめの会」(山内京子代表)は、6月21日、都内で会合を開き、親同士で気持ちを聴き合った。子どもを含めて約20人が参加。迫田さんは最初の授乳時から母乳を飲もうとしなかった娘の育児の体験を語った。
以下、語られた内容から、迫田さんの育児体験をお伝えする。
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■「何グラムで生まれたと思ってるんですか?」 福島県に住む迫田さんは2004年11月、切迫早産となり25週で704グラムの二人目の娘を出産。娘はNICU(新生児集中治療管理室)に入院し、3か月後には母乳を飲む練習を始めた。しかし、まったく乳首に吸い付く気配がなく、ただ目を閉じてじっとしていた。焦りを感じた迫田さんの母乳は止まってしまった。「親として受け入れてもらっていないという感情が湧きました。小さく生んでしまったから仕方ないのかなと思いました」。迫田さんが新生児科医に話すと、「何グラムで生まれたと思ってるんですか?」と言われ、言葉が突き刺さった。迫田さんは「そんなことは十分に分かっています」という言葉を飲み込んだが、娘を小さく産んだ罪悪感に拍車がかかり、自分が悪いのだと思うようになった。 娘はその後もなかなか母乳を飲まず、哺乳瓶でミルクを飲む練習を始めたが、1時間かけてようやくほんの少しを仕方なさそうに飲む程度。飲んだ後に吐くこともあった。新生児科医から「このまま入院が長引くと母子関係に影響が出ますよ。親子の最初の関係はミルクのを飲ませ、おむつを替えること。それができていないから母子関係ができていない。口から飲んでいるんだからどこも悪くない。看護師がやれば飲んでいるのです」と言われた。迫田さんは母子関係を構築できてないことが飲まない原因だろうかと悩む一方で、まったく飲もうとしない娘を心から愛せているか分からないとも感じていた。看護師から「在宅に戻れば飲むようになるかもしれない」と言われ、NICUからの退院を希望。娘が生まれてから5か月が経っていた。 ■「この子は何なんだろう?」 退院してからも娘はミルクを飲もうとせず、空腹を訴えることもなかった。しかし迫田さんは「飲まなかったらお腹が空くし、成長もできない。脱水や低血糖などでさらに障害を負わせてはならない。自分が頑張るしかない」と思い、ミルクの温度や濃さ、味、飲ませ方など思いつく限り工夫をした。楽しい雰囲気で授乳するために歌ったりもしたが、娘はそれでも飲まなかった。飲んだ後に吐くことが増え、抱っこやおむつ替えの時には仰け反って嫌がり、「この世の終わりのように」泣いた。迫田さんが飲ませようとすると哺乳瓶を叩き落とすこともあったので、全身を抑えつけて飲ませようとしたこともあった。ミルクを飲まない娘と孤軍奮闘する毎日だった。新生児科にフォローアップで通院しても、医師からは「口から飲めているのだからこのまま頑張るように」「どこも悪くはない」「ミルクの量は足りない」と言われ、だんだん追いつめられるような気持ちになっていった。 ある日、迫田さんが保健センターの保健師に相談しに行くと、娘はその場で勢いよく100mlを飲んだ。驚く迫田さんに保健師は「お母さんの心配のし過ぎ。これなら大丈夫」と笑った。しかし、迫田さんが帰宅してドアを開けて入った瞬間に、娘は飲んだミルクをすべて吐いた。迫田さんは「意味が分からなかったです。この子はなんなんだろう? 私を苦しめたいのだろうか? と思いました。娘に対する愛情が薄くなっていくのを感じました。この子がいない方が楽かもしれないとすら思うほどに追い詰められていったのです。この頃は、起こっていることを自分で全く処理できていませんでした」と当時を振り返った。 一方で、上の子どもが離れた場所で背中を向けて遊んでいるのを見るたび、迫田さんは授乳のために歌いながら泣いていた。上の子どもに一人遊びさせながら1時間以上かけて飲ませたミルクを、娘はあっという間に嘔吐するのだ。そのうちに娘は、口に乳首を入れただけで嘔吐するほどになっていた。
(つづく)
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