――先日、摂食・嚥下障害を持つお子さんのお母さんが医師や保健師、学校教諭にも理解されなくて大変苦しんでいるという話を聞きました。子どもの摂食・嚥下障害はなぜ小児科医の間でも認識されていないのでしょうか? この分野は、小児医療の中でもあまり知られず、積極的に扱われないまま埋もれています。小児科医は普段の診療の中で大なり小なり関わるのですが、どのように対応すべきか悩んでいるのが現状です。注目されることの多い高齢者の嚥下や胃ろうの話と対応が混乱しているところがあります。また、育児にかかわる部分が大きいことも重要です。小児医療はより専門分化し、小児保健に関心が薄れたことも関連してきているかもしれません。またリハビリテーションによる訓練と考え、食べられない子どもは小児科で診る疾患でないと思ってしまうのかもしれません。乳幼児の摂食障害は、育児面と医療面のいずれも重要で、小児科医が関わることが大切です。
――医療の問題として認識されるには、論文として扱われることが必要だと思いますが、それも少ないのでしょうか。 医学論文は症例に関する様々なデータを比較して考察していきます。ところが摂食・嚥下の問題は、子どもの状態や病気・障害などの状態、治療法もあまりに多岐にわたります。さらに経過を追いかけていくにも子どもの成長ですから、時間がかかり、自然の経過か対応結果なのか分かりにくいところがあります。どのような育児がよいのか考えるのと同じで、文化や時代背景などいろいろな面が加わり、難しい面を持ちます。またそのような子どもが、多いというわけでもありません。 ――摂食・嚥下のリハビリには歯科が大きく関わっています。医科と歯科は、医療現場ではかなり距離があると感じていますが、このことによる影響はありませんか? これは大きな問題です。小児の摂食・嚥下リハは歯科医師が熱心に始めました。本当はここで小児科医もしっかりかかわるべきだったのですが、むしろお願いしてしまった状況になりました。歯科では摂食や嚥下という機能に特化して対応され、疾患や栄養などの全身状態といった子どもの基盤となる部分の配慮に欠けることが起こります。小児は全身状態や疾患、精神的な部分など非常に複雑な要素がありますから、摂食・嚥下機能だけを見ていても改善は難しいです。このようなことから子ども全体を見ることが必要であり小児科医がかかわらなければいけません。たとえば、どのタイミングで経管栄養をやめるか、どの程度食べられなかったら経管栄養に戻さないと危ないとか、子どもの全身状態を評価調節し、管理していく必要があります。自分で意欲を持ってリハビリに取り組めたり、機能訓練に特化したリハビリが必要だったりする子の場合は歯科にお願いできます。こうして連携できる部分、小児科医が対応しなければならない部分を区別しなければいけません。 しかし、小児科医自身に知識がなくて歯科やリハビリテーション科に紹介していることがあります。紹介された側としても困るでしょう。乳幼児の摂食障害は、小児科医の中で取り組む問題だという認識を持たなければいけません。 ――なるほど。子どもの摂食・嚥下障害には疾患や栄養状態などが大きく関わっているので、機能だけに特化して見ても治療は難しいということなんですね。 その通りです。そして精神心理的要素である「意欲を育てる」ことが欠かせません。重症心身障害児で摂食・嚥下機能に問題のある子は療育センターでリハビリを受けることが多いです。その結果、機能障害の大きい子と、食べる機能に問題はないけれど食べる意欲のない子どもたちへの対応に混乱がみられます。摂食・嚥下障害の子どもたちはそれぞれに違いを持ち、精神的意欲の要素が強い子と、機能の要素の強い子などを見極める必要があります。ここで誤解しないで頂きたいのですが、機能障害のある子ほど、なおさら意欲を育てていくことが大切になるのです。訓練をすると余計に食べることが嫌になったり辛くなったりすることもあります。ダウン症候群の子などは、訓練では意欲が育たず効果のないことが多いです。 上手に食べること、きちんと食べることが大事なのではありません。それは大人側の都合です。手づかみして周りを汚しても、こぼしても、丸呑みしても、楽しく食べることが大切だということです。そういう根本的な部分も含めて、全体をみていく必要があります。 ――ただ、楽しく食べられても栄養を摂れなかったらどうなのでしょう? 「楽しくやっていても機能障害があり、どうしても栄養が入らない」ということも起こります。そのような時は、経管栄養や胃ろうを使います。栄養摂取の大部分が経管栄養や胃ろうだったとしても、一部分だけでも「楽しく食べられる」ということが大切です。 ――子どもにとっては楽しく食べる経験を積むことが何より大事なんですね。高齢者介護の現場でも、食事の「全量摂取」ばかりに目が行ってしまって、肝心の楽しさや満足を見落としている場合があります。 訓練やリハビリは、親にとって能動的に子どもにしてあげることができることなので喜ばれます。「こういう訓練をするといい」というノウハウが注目されます。摂食・嚥下リハビリが広がったのは、食べさせることに困り、何とかしたいという保護者と医療者の考えが一致したという背景があります。特に保護者にとって食べさせる訓練は、やることに実感があります。しかしながら「適応をしっかり考え、状況によってはやらなくてもよい」という選択肢も大切です。「子どもをよく見て、子どもの食べたいという気持ちに合わせる」ことが大切であり、このことが考慮されないリハビリは効果が上がりません。しかしながら、食べたい気持ちの判断や引き出すことが難しい時はよくあります。 ――大人側の自己満足になっていて、子どもの立場に立っていないのですね。 そのような言葉でも言い換えられるかもしれません。食事は「訓練」という言葉にはあまり適切ではありません。厳密にいえば「訓練」という言葉を使うかどうかはどちらでもよくて、自ら頑張るということでなく、周囲が頑張らせる「訓練」になるのがよくないと考えています。食事は生活であって、特別に「訓練」する場所ではありません。訓練をする時は、例えば、野球を上手にできるようになるためにつらくても頑張る時や、リハビリでも、歩けるようになりたいということが重要です。食べられるようになりたいという自分の意志から行うことが大切で、その意欲がなければ食べる機能も引き出せません。食べることが苦手な子は、たくさん食べることよりまず少しでも楽しく食べることから始まります。簡単に言えば訓練ではなくて「食事を楽しみましょう」ということです。 ――なるほど、“北風と太陽”のような話ですね。本人の意思が大事だと。 大人側の「食べさせたい」あるいは「食べさせてあげねばならない」という論理で行われる訓練は、子どもの立場に立ってないから、このような乳幼児の摂食障害では効果が出ません。それよりも、子どもの様子を見ながら“適当”にやった方がうまくいく場合も多いです。 発達障害の子どもの場合も、大人はどうやって静かにさせよう、勉強させようと考えるけど、そうではなくて「この子は何に困って落ち着かないのか」と、子どもの立場から考えたら解決法は見つかります。嫌がるなら遊びの中に食事をとり入れることでいいのです。頑張って理想的な食事を準備するのではなく、そこにあるものを適当に選択してあげたらいいのです。それが楽しく食べることにもつながります。 ――乳幼児の摂食障害とその背景がよく分かりました。そういう子を持つ親は、専門家すら知らないために周囲に理解されず、状況をどう理解して動けばいいか分からなくて混乱し、適切な情報も得られない。孤独感に追い詰められ、「意欲を育てる」というところまで至れず、親も子もつらい思いをしているのだと思います。私たちも、こういう子どもも一部にいる、と知っていたら、例えば授乳に悩むお母さんへの関わり方が変わったり、「子どもに食事を与えず虐待だ」と報道されるケースも、背景にはもしかして・・・と思いを馳せたりすることもできるかもしれません。 最後に、読者にメッセージをお願いします。 乳幼児の摂食障害があるということをまずは知ってもらいたいと思います。それは子どもたちの摂食機能の発達にも関係します。まだまだ正しく対応している医療機関は少ないですが、一人でも多くの子どもが口から安全に、楽しく、美味しく食べられるよう、小児科医が適切な対応をとれるように、これからも働きかけていきたいと思っています。 (おわり)
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